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13時間のフライト後、飛行機はNY近郊のニューアーク空港(ニュージャージー州)に降り立った。 ついにアメリカの地を踏んだ。しかもここはニュージャージーか!
さっきからボンジョヴィが頭に鳴ってしょうがないオレ。 「サンボに会えるかな」 と言うも主催者黒江氏は首をかしげていた。 チビクロサンボじゃないぞ、リッチー・サンボラ(ボンジョヴィのギタリスト)だよ。 入国手続きもかなりの厳しさだった。 そして空港のロビーに出ると、最初のカルチャーショックにオレは出くわしたのだ。 警備をしている沢山の警官、ぶっとくて長い散弾銃を所持していて、恐ろしい顔で見回りをしていたのだ。しかもレスラーのような、山のような体格・・・。 ターミネーターかよ! 近寄ったときにその散弾銃が暴発しないか心配だった。 ・・・ていうか銃に頼らずとも、人なんか簡単にはがい絞め、いや、破壊絞めに出来そうだ・・・ 日本じゃあり得ないよな。見たこともないよ、あんな恐ろしい武器。 それほど恐ろしい犯罪がこの大陸に蔓延しているということか。 またまたビビりになってしまうオレだった。 日本でのいつもの虚勢を発揮する前に出鼻をくじかれ、小さくなっているオレ。 虚勢を発揮したら、その銃口を自分に向けられてしまうような錯覚に陥る。 やはりでかいアメリカの前に、なんて自分は小さいものか。 すれ違うアメリカ人の体格からしたら、オレなんかキングオブもやしだ・・・ 2番目のショックは、やはりアメリカサイズの皆さんの体格といえる。 女も男も、色々がデケェ! 太い方の二の腕なんかオレの腕の十倍はあるし、尻も十倍はかたい。身長も自分より低い方を見付けるほうが大変だ。NEW ROCKの厚底靴をもってしてもだ! LAガンズやモトリークルーのプロモに出てくるような、スレンダー金髪美女なんかには出くわさなかった。女性は皆一様にゴツめだ。 でも、西海岸にはスレンダー金髪は居るのかな、などと思ったりしていた。 JTBニューヨーク支店の日本人スタッフの送迎で、一足先にマンハッタンへ向かった黒江氏。オレも後を追うように、これから一人で滞在先である、 「ハドソンホテル」 に向かわなくてはいけないのだ。 そうそう、忘れていた。成田空港で落ち合った今回の旅の同行者の一人、ピーコがいたのだった。(お茶目な仮名だが、肩書きは証券会社の重役秘書との事) 彼女はモチロン、滞在するホテルは別なのだが、マンハッタンに向かうのは一緒だったので、共にバス乗り場まで向かった。 乗らんとしている乗り合いバスはホテルの前まで行ってくれるバスなので、ピーコはオレの分のチケットも英語で(当たり前だけど)取ってくれた。 ホテル名を言うとそれがチケットに印字され、その行き先に見合った乗り場に向かう、という流れだ。 ここからはピーコとも別れ、ついにアメリカで一人になってしまう。 受け取ったチケットを確認してみると、オレが目指す「ハドソンホテル」の印字では無く、「エジソンホテル」となっていた。 ピーコの英語力も大した事無いんだな・・・と、他力本願なくせに偉そうなオレ。 なんとか運転手(ヒスパニック系?)に訴え、チケットの印字はエジソンホテル名だが、行き先はちゃんとハドソンホテルに行ってくれる、との了承を得た。 ・・・しかしその了承にも一抹の不安を抱きつつ、一人バスに乗り込んだ。 運転手はいぶかしげに、 「面倒くせえジャップだぜ・・・」 と言うような顔でオレを見ていたが、最初の関門である、 「マンハッタン内の指定場所までピンで向かう」 が失敗に終わってしまってはまずい。 見知らぬマンハッタンのど真ん中に降ろされたら、呆然となるだろう。 バスに乗り、初めての異国の風景が目の前に広がった。 映画でしか知り得なかったアメリカの高速道路。 嗚呼と、実感が沸き、先ほどの不安も忘れキョロキョロ辺りを見回し、カメラ小僧になるオレ。分厚いメガネも相まって、ホンモノのオタクだ(笑) でもいいんだと、開き直っていた。 "OTAKU”は今や、GEISYA、MANGA、SUSHI、BUKKAKE(説明自主規制)に匹敵する、世界共通語だもの。 高速道路も終盤に差し掛かると、ついに遠くの方に見えてきたよ、摩天楼が。エンパイアステートビルが見えた。イチイチ感激をするオレ。(でも表情は真顔) 高速道路を降りてしばらく行くと、渋滞になった。 ここら辺りで、オレは飛行機疲れが急に出てしまったようで、眠りに堕ちてしまった。 目を覚ますと、マンハッタンの中を乗り合いバスは走っていた。 イエローキャブが縦横無尽に疾走し、クラクションもせわしなく飛び交い、負けじと沢山の人間も交差する、まさにNYって感じだった。 何軒かのホテルを回り、乗り合いバス内の数人が目的のホテル前で降車して行った。 そして次に停車したホテル前で、ヒスパニック系の運転手は言ったのだ。 「エジソンホテル。エジソンホテル!」 オレは瞬時にブルーになった。 あ~あ、ハドソンホテルじゃなくて、間違って伝わったエジソンホテルに来ちゃったよ・・・ やはりこの運転手には、伝わっていなかったんだ・・・ しかし、その不安は数十秒で解消された。 建物を見ると、それはまさしく、オレの目指していた「ハドソンホテル」だったのだ。 そうなのだ。あのいぶかしげにオレを見ていた、コワモテのヒスパニック系運転手は、英語力の乏しいオレに配慮し、敢えて「エジソンホテル」と、オレのチケットに間違って印字されているホテル名を言ったのだ。 だって、毎日のように観光客をホテルに運んでいる運転手が、ホテル名を間違えるわけは無いはずだもの。 さっきまでは恐そうで、ジャップゴーホームなノリだと誤解していた運転手が、瞬時にいいヤツに見えた。 運転中は終始無愛想な運転手だったが、代金を払った別れ際にはニッコリとオレを見て、 「バイバイ」 という素振りをしていた。 オレも、 「じゃあね」 という感じで、手を振った。 一発でオレはニューヨークが大好きになった。 ホテル入り口前にそびえ立っていた・・・ #
by route4osorezan1
| 2006-07-28 15:39
| NY 6/27 【アメリカ上陸】
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オレをバスで送ってくれたコワモテのヒスパニックなバス運転手。
最初はビビリつつ、でも実はニューヨーカー的な思いやりに下車後ホンワカとしながら、オレは無事マンハッタンのハドソンホテルにたどり着いた。 先にJTBの送迎バスで着いていた、NY主催者黒江氏が笑顔で入り口で待っていた。 しかしこのハドソンホテル、中に入って感じたけど、すげーな。 ニューヨーカーに人気の"デザイナーズホテル”だという。 ロビーはかなりお洒落な感じだ。ツタが高い天井まで伸びていて、まるで栄枯盛衰の後に忘れ去られた欧州の古城に入り込んだかのようだ。 このロビーをデザインしたのがニューヨーカーかどうかは勉強不足だけれど、大都会マンハッタンのホテルにはちょっと意外性のある、妖しい空間を仰ぐオレだった。 しかし今は落ち着き放っているこのホテルが、夜は全く別の顔になるなどとは、この時点では夢にも思わなかったがね・・・(笑) 受付で手続きを済ませる黒江氏。 戻ってきた黒江氏から部屋のカードキーを貰い、さっそく530号室の部屋に行ってみた。 ズンズンと、ワタシに付いて来いな感じで部屋へと進む黒江氏。 その後ろを金魚のフンのように続くオレ。 部屋に着き、ドア前に悠然と立ちはだかり、何度かカードキーの操作を試みるも、手間取っていた黒江氏。 それを後ろから覗いていて気付いたのだが、よく見るとそのカードキーは、八戸のスーパーホテル にあったカードキーと同一の型だったので、 「どれ、貸してみなさい」 と、一言。 瞬時にドアを開閉し、 「すごい!」 などと背中越しに言われ、株を上げたりしてみるオレだった。 部屋もかなりいい感じ。すごい! 部屋に着くなり黒江氏は何やら電話でやりとり。 さっきまでオレと一緒だった証券会社秘書のピーコが、このハドソンホテルに遊びに来るとの内容だった。 今は夕方19時くらいを既に回っていた。 NY上陸したての今宵一日目は、ハドソンホテルで皆で飲み交わしましょう!って感じになった。 ホテルに着いて休むまもなくシャワーを浴び、成田~ニューアーク空港間の、博士メガネのオタクなオレから、ギンギンメタルカスタムな虚勢張るいつものオレに、15分で変身を遂げた。 準備完了せり。 三番目のカルチャーショックは、トイレの便座にありき。 アメリカの便座のフタは、日本のものよりも重かった!重量感ズッシリ。 それに、便座に腰を下ろすと床から高いし。 オレは足、短いほうでは無いが、座ったときに指先立ちだったよ・・・ ピーコがハドソンホテルに着いたとの連絡を受け、黒江氏とロビーに向かう。すると、行き交うホテルの雑踏から抜き出てきた、一人の白人男性が、オレに話しかけてきたのだ。 オレのクチピアスを指差して、しきりに何かを言っている。 お、これは初の異文化コミュニケーションだね! うーん、しかしよく聞き取れず! 黙ってしまうオレにはお構いなしに、マシンガントーク(そう聞こえただけだろうね)で迫って来る白人男性。 でも、一つの単語だけ聞き取れた。 nipple?ニプレス?・・・あああ、乳首の事かな? おおお、そーかぁ~!アナタ、オレは乳首にピアス開いてるぜ!って言ってたのか! 何かをきっかけに、とにかく何でもいいから返事をしなきゃ、と思っていたアメリカバージンのオレにとっては、 「#$&%`+$%&$#!!! "ニプ” #$&%`+$%&$#!!!」 と聞き取れただけで、地獄に垂れたクモの糸のようなありがたさであったのだ。 適当英語で返事をしてみた。 「オー!リアリー!?NO ペインキラー!?」 ペインキラー・・・ってプリーストかい(笑)! やい、白人。 さっき初めてアメリカの地を踏んだジャパニーズロッカーを、あまり困らせるんじゃねえぞ(苦笑)!! まずは、 「はじめまして。僕は日本からやって来た、駆け出しのギタリストです。よろしくね」 から始めさせてくれよ! いきなりピアス日米対決だなんて(笑)うーん、熱い、熱すぎるよUSA。とりあえず、今日はお前に完敗だ(苦笑)! NY滞在の終盤で知ったけど、アメリカ人て遠まわしの語彙ってないね。常に直球で来るよ。 オレがどこの国の野郎だとか、英語が流暢か否かとか、引っ込み思案な性格かどうかとか、そんなもんはどうでもいいみたいね。 オレのクチピが気になったから、それに質問を投げかけてきた、ただそれだけのようだった。 なのにオレは少々戸惑い気味さ(笑) お構いなしに続けてその白人男性は、オレのクチピを指差したり、自分の乳首をつまんだりして、イエー、とかワオーとか(その程度しか聞き取れなかった)言って来た。 ヤマ勘で、彼の質問に対し、 「ホスピタル!」 と言っておいた。 オレのヤマ勘は、 「オマエ、そのクチピアス、どこで開けたんだい?」 な、予想だったから。 その勘が当たったかどうかは分からないけど、別れ際に、コブシとコブシを重ねて、バイバイをした。 ただの人間同士の会話なだけのはずなのに、はっきり言って、相当なエネルギーを使ったオレだった。 そんなうろたえるオレをちら見しつつ、黒江氏とピーコは遠くで、クスクス笑っていたのだった。 そしてNY上陸一日目は、ホテルのレストランで食べた。 天井の高い、倉庫のような内装だった。 その後バーでも飲んだ。アメリカって、ハイネケンが多いね・・・ 酔いを冷ますために、少し外にも出歩いてみた。 #
by route4osorezan1
| 2006-07-28 15:21
| NY 6/27 【ドキドキ異文化交流】
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滞在中のハドソンホテルは、夜になると、一階のロビー部分~バーカウンターが、クラブみたいになる。
毎夜、NYのDJがやってきて、昼間の清楚な顔のホテルとは一変! 一階部分が、爆音ミュージック、妖しく暗い雰囲気、雑多な人種入り混じりの、ドンチャン騒ぎな盆踊り大会と化す・・・ NY滞在中毎晩だったので、ほぼ全日参加な酔いどれ侍のオレには、たくさんの面白い事がふりかかった。 それは後で記すとして・・・ 昨日27日にNYの地を踏み、今日28日は、とても早起きをした。 時差ぼけも全くないオレ。 朝一で、自由の女神を見に行くことに。 ホテルを出て、まずは近くのセントラルパークの入り口を見た。 朝も早くだったので、ジョギングしてる人が結構いたなあ。 そしてセントラルパーク近くの、ホテル最寄り駅「コロンバスサークル駅」から、地下鉄に乗る。 NYの地下鉄。怖いというイメージがもちろん先行していた。 階段を下っていくと、ムッとする熱気と湿気、暗くて、360度打ちっぱなしの、アスファルト壁。 NYの地下鉄、悪党のアジトのようだ・・・ 主催者黒江氏もさすがに、 「怖いな・・・」 と言っていた。 怖い?オレはそれを聞き、我に返る。 今まで海外バージンなオレに配慮し、NY滞在の全てをリードしていた黒江氏。 男らしくいかねばと思った。 オレは言った。 「大丈夫だよ~!全然平気だって!」 声に力は無かったかもしれない。 だって、黒江氏が先に地下鉄内へズンズン入っていくものと、オレはちょっと安心感でいたから・・・。 オレは腹を据え、率先して地下鉄内へと入っていく。後ろから付いてくる、黒江氏。 どけどけ、ニューヨーカー! オレの肩にちょっとでも触れてみろ。パーじゃねえぞ、グーのパンチをくれてやる。 顔はいたって真顔を装っていたはず。これこそが得意の虚勢! しかしここでいきなり、屈強な黒人の団体が階段にたむろしていたら、オレは多分、回れ右をしていただろう。 「やはりタクシーでいがねが!?」(パニ狂うと青森弁) それくらいドキドキだったよ。 NYに来て、何幕のドッキリシーンがオレに降りかかるのか。 逐一エネルギーを使う、処女喪失劇を体験するNY。 NY開幕?いやいや、開膜の言葉が適当だろう! 何膜あっても足りぬわ(苦笑) でも、NYの地下鉄、全然入ってみるとそんな事は無かったよ! 小学生くらいの子達も普通に乗ってるし、通勤のサラリーマンばっかりだったよ、利用者は。 先入観ってよくないね。全く怖くなかった。 でも日本の地下鉄のように、明るくてキレイではない。 電車も、運転は荒っぽく、鉄の塊が重厚に進むといった感じだ。 座席も硬めで、オケツに肉の無いオレ的には、痛くてたまらん・・・ 事前に、自由の女神は、本土から見ると小さいので、船で接近して見た方がいいよ!と、アドバイスを受けていたから、もちろんフェリー埠頭を目指すことにした。 マンハッタンの最南端、「サウス・フェリー駅 」へと、安堵感で満たされつつ、地下鉄は出発した!! #
by route4osorezan1
| 2006-07-28 15:06
| NY 6/28 【地下鉄に乗る】
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船に乗り、自由の女神を目指した。
自由の女神はデカかった。 大接近して初めて知ったのだが、この像、何がデカいって、台座がデカい! 台座、女神像とほぼ同じくらいの高さである。 この立派な台座が無かったら、自由の女神の存在感って、多分半減していただろうね。 やはり実際に見る前とじゃあ、感じる事って180度変わるね。 船で女神像が建つリバティ島へ降りたち、後ろから像を見てみた。 像を後ろから見る事って、あまりないだろうし、ガイドブックにも載っていないだろう。 台座の内部は女神像の歴史など、博物館になっているようなので、入ってみた。 驚いたのは、ココの警備だ。ニューアーク空港よりも、身体検査が厳しかった。 ブレス、ゴツいベルト、靴、ポケットに入っている全てのものを、X線検査された。そこまでする!? 身ぐるみをはがされて、更衣室みたいな所に入れられ、「プシュ!プシュ!プシュ!」と空気銃のような、エアを吹き付けられた。 あまりの身体検査の厳しさに、軽く抗議をするような意を込め、空気銃に合わせ、 「うっ!うっ!うっ!なんじゃあ、こりゃあ!」 と撃たれる素振りをしてみた。 怖い顔の警備兵に唖然とされた。モチロン笑ってもくれなかった。 ・・・でも、アメリカの象徴である自由の女神まで、自爆テロをやられたら、アメリカ的に、大きな権威の失墜につながるだろうから、仕方ないかあ~、と強く感じた。 ここまでくると、テロへの警戒ではなく、怯えているようにすら感じる。 イスラム圏の顔つきをした人間じゃ、相当怪しまれるだろうな、とも感じた。自分はイエモン顔なので、まだましな方だろう。 台座内部の博物館では、女神像の顔のレプリカがあった。鼻の穴に頭が入りそうなくらいの、ビッグフェイスだ。 産みの苦しみはよく、「鼻の穴からスイカ」と聞く。それを表現してみたが、ココでも行き交うアメリカ人に唖然とされる。 足元はこちら 早起きは三文の徳とは良く言ったものだ。 午前一番のフェリーで行ったら、わりとすいていたから。 一通り見て、リバティー島から帰るとき、こちらに向かう午後の上陸船は、難民船のように甲板に人が溢れていた。そこまで乗せるか!?というくらいに。 さすが強引の国、アメリカ! 次はまたまた地下鉄に乗って、世界貿易センター跡地へ。 #
by route4osorezan1
| 2006-07-28 14:25
| NY 6/28 【自由の女神】
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「グラウンドゼロ」、とは、元々広島や長崎の爆心地の事を言うんだけどな・・・
核爆発の中心地を指す意味なのにね。 それをテロで崩壊した、世界貿易センタービル跡地の別名にするのはどうなのよ、と疑問を抱きつつも、地下鉄に揺られて目指す。 最寄駅はテロの影響で未だ閉鎖中らしいので、2番目に近い駅で下車した。 現地の日系人に聞いたのだけど、テロ後の数週間、崩壊地の半径数百メートルは、死臭漂う凄惨な状況だったとの事。 やはりTVで見るのとは違うんだな。 見付かってない死体も山ほどあるらしいが、もう捜索は打ち切ったらしい・・・地縛霊が沢山出そうだよ・・・ 捜索打ち切り後は、観光の名所と化していたこのテロ跡地。 アメリカの切り替えの早さ、怪我の功名にすら感じるこの場の活気に、やはりアメリカには勝てぬと、感じた。 テロ跡地にさっそく接近してみた。 え!?ココ??NYのビル群にあってぽっかりと。 何も無い!が感想だった。 都会のど真ん中にえぐられくぼんだ、ただの穴、が受けた印象だった。 ドラゴンボール(鳥山明著)の、サイヤ人のシェルターが都会に落ちた跡、みたいな。 広島の原爆ドームみたく、ちょっとは貿易センタービルの片鱗が残っているかと思っていたが、跡形も無かった。 やはり、アメリカに、負の遺産は必要ないのだろうか・・・ あるのは、メタルな慰霊碑?オブジェ?いやや、看板のみ。 後世に残す負の遺産はおろか、もう次の建造物建設に着手していた。 独立の年にちなみ1776フィート(541メートル)の巨大なビルらしい。 また標的にされなきゃいいけど。 世界貿易センタービル跡地の前の、「21thセンチュリーワン」というアウトレットデパートで、買い物をする事にした。 Tシャツなども見たが、イマイチだった。 いい感じのがあっても、サイズが合わず。 ここでも、アメリカンサイズに衝撃を受けるオレ・・・ それならばと、KIDS服コーナーに行ってみた。 日本で言うなら、小中学生の女子服売り場を物色するような感じだろうか・・・。 変態野郎だなオレ・・・。 いい感じのGジャンを見付けたが、やはりタイト服好きのオレには、サイズがしっくりこない!デカいのだ!アメリカサイズのKIDS、恐るべし。 日本でも、レディス服のショップに平気で入って物色するオレ。 たまに、彼女の洋服探しを、レディス服ショップの入り口で、つまらなそうに待つ彼氏の姿を目撃するが、オレは全く逆で、彼女と一緒に、イヤ、自分の方が率先して物色したりする。 連れの女性と一緒のほうが、怪しまれずに物色も出来るから、ありがたい時もあるし(笑) 今日のスケジュールは、かなりタイトだ。 お次は、オレの今回のNY滞在で一番のお目当て、NYの老舗LIVEハウス、「CBGB」の下見に行く事に。 今宵は、ここのLIVEハウスに潜入し、最先端のロックに触れたいと、前々から思っていたからさ!YEAH!!! #
by route4osorezan1
| 2006-07-28 14:17
| NY 6/28 【テロ跡地へ】
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